今、全国の学校で暴行動画のSNS拡散が相次ぎ、ニュースになっています。保護者や先生から「どう教えればいいのか」というご相談もいただきますが、15年の取材経験を持つ情報モラル講師の視点から、ネットの闇に落ちないための現実的な対策をお伝えします。
【熊本県 中学生暴行動画 】
【大分県 中学生暴行動画】
【栃木県 高校生暴行動画】
【福井県】
※こちらはやや変則的なケース。暴露系アカウント「DEATHDOL NOTE」が告発動画を配信するも、それに対し両者が合意の上でしたことであり、動画は一部だけが切り抜かれたもので、両者とも動画の配信は望んでいないと話があり、現在は動画が削除されています。(なので動画をDEATHDOL NOTEに持ち込んだのは、第三者だったのでしょうか)
これらについて、情報モラル教育講師として、気を付けたいことをお伝えします。
いじめ・暴行動画をSNSで拡散してはいけない3つの理由
「いじめや暴行動画が拡散していること」に関して情報モラル教育の立場から言えることはまず「動画や加害児童と疑われる人の名前を拡散しない」です。以下、理由になります。
拡散してはいけない理由①「編集」の可能性~町田総合高校の事例〜
現時点で加害児童は「ほんとにクロ」なのかもしれませんが、まだわかりません。(というか、「クロなら拡散していい」というのも全くの誤解なのですが、これは後述します)。
というのも、過去に町田総合高校で起きた動画トラブル(個人的に青少年動画トラブルの中でこれは悪質だなと思うものの一つです)では、生徒が先生をけしかけ、「先生が生徒に殴っているところ」だけを抜粋しネットにアップ。「暴力教師だ」といった体で動画が拡散されました。
生徒がけしかけ、プロデュースし、編集したものだった、とわかるまで「暴力教師だ!許せない!」という体で広がっていったわけです。もちろん暴力はダメなんですけれど、このけしかけぶりもかなり悪質だと思います。
拡散してはいけない理由②「人違い」の可能性~常磐道あおり運転事故の事例〜
もう一つ、これは学生のいじめ動画ではありませんが、2019年の常磐道あおり運転事故、というか、事件がありました。
常磐道とで煽り運転にあおられ続け事故になり、路肩に車を止めたところ、なぜか「煽った方」の車から、いかついおじさんとサングラスをかけガラケーを構え、被害に遭った車の運転手を撮影しようとしている様子の女がこちらにケンカ腰で近づいてきて……、という恐怖映像がネット上で拡散されました。
この男女が捕まる前に「このガラケー女をSNSで見つけた!この人ではないか?」という「容疑女性」がネット警察(※実際の警察ではなく、ネットのひまな有志たちです)によって見つけられ、その投稿は瞬く間に拡散されました。
「こいつがガラケー女に違いない!!許せない!!」と拡散した人の中には、YouTuber、現役の市議、大学生もいました。ガラケー女と思われるその容疑女性のもとには朝から晩まで罵声電話が殺到したのですが、結論からいえば容疑女性とは事件とは全く関係ない方で、単なる人違いだったのです。
SNS警察がその女性をガラケー女だと思った理由は以下二つです。
・いかついおじさんが女性をなぜかSNSでフォローしていた
・雰囲気がなんとなく似てた
このようにネット警察の捜査は非常に雑で、この時点でこの女性がガラケー女とはテレビや新聞は一切報道していなかったわけですが、あの二人憎し、許すまじ!の気持ちで、たいして確認もせずにネットの人たちは大拡散してしまったわけです。
動画は人の心を文字よりもずっと揺さぶりますし、暴力的なものならなおさらです。
間違えられて朝から晩まで罵詈雑言を浴び大きな迷惑をこうむった女性は、誤った情報を拡散したYouTuberや市議や大学生を民事で訴え損害賠償を請求し、それは認められています。ちなみに市議は辞職したそうです。
↓記事リンク「「ガラケー女」と間違われ着信300件とDM1000件 お詫びの軽さに驚き」
↑こちらは事件から約一年後の記事です。真犯人が逮捕されたあとは、この間違われた女性に「デマを信じて暴言を吐きました」と釈明&謝罪のコメントが殺到したそうですが、女性曰く「デマを信じるのと暴言を吐くのは別でないか」と、全くその通りです。
暴言を吐いた人は未成年から年配者まで年齢層は幅広く、子どもに代わって謝る保護者もいたとのこと。子どもが拡散していたんですね。子どもにもちゃんと謝らせれば良いのにとも思うのですが。
拡散してはいけない理由③そもそも私刑は憲法で禁止!訴えられる可能性も
拡散はダメなのは、そもそも「私刑(リンチ)」が日本国憲法で禁じられているからです。人を捕まえるのは警察であり、そのあとで人を裁くのは裁判所です。
これが、「なんで拡散してはいけないのか」のそもそも冒頭にあるべき内容ではありますが、これが冒頭に来るときれいごと感が出てしまうかも、と思いあえて、①②のあとのここで出しました。
しつこいですが、私刑は禁止されています。捜査まがいのことをした私人逮捕系YouTuberは逮捕されています。(私人逮捕は例外的にOKなケースもあるのですが、あくまで例外です)
カーッとなるようなネットを見に行くから、拡散したくなる〜0%か12%の力で見る
私刑は禁止されている、人違いや編集の可能性もある、それに、こういった動画を拡散したことで起きたトラブルについて私たちはまったく無知なわけでなく、それこそ常磐道あおり運転事件では人違いであったこともニュースで伝えられています。
それなのに、なぜ、今回も暴行動画は怒涛の勢いでネット上で今も拡散されているのでしょうか。
やはりこもうこれは「感情に訴えてくるものは強い」のでしょう。暴力動画って、もう理性が吹き飛ぶほど感情に訴えてくるじゃないですか。人が暴力を受けている動画は怒り、悲しみ、憤り…、と、とにかく、カーッとなりやすい。被害に遭っているのが未成年ならなおさらでしょう。
人が暴行されている、というだけでも痛ましく心がざわつくものですが、それが「学校でのいじめ」ということが拍車をかけていると思います。
いじめ(からかいなども含む)や暴力の被害を一切受けずに学生時代を生き抜いたという人は少ないと思いますし、相当幸運だと思います。そんなことは自分は一切なかったと胸を張って言い切れる人は精神的に強く、世渡りのセンスが無茶苦茶あったスーパーマンか、それとも自分が困難な、苦しい側に立たされたことを一ミリたりとも認めたくない俺&私は強い!マンかのどちらかでしょう(こっちの方が多そうですね)。
いじめの傷は多くの人にあるはずで、少なくない人の心の傷をざわつかせる効果がいじめ動画にはあります。「カーッ」となりやすいテーマです。
そんな心がざわついて、カーッ!となるようなテーマには「近づかないこと」が一番です。ただそういった動画ほど見たくもなってしまうのが人の性。見ないのが一番だとは繰り返しつつ、どうしても見たくなったとしても「12%くらいの力」で見ることを勧めます。
カーっとなっているテーマを見る時つい人は100%を超え150%くらいの情熱で見てしまいますが、そうなると余計カーーッ!!っとなり、誤った正義感という剣を手に、とんでもないことをしでかしていくことでしょう。
ちょっと脱線しますが、「好き嫌い.com」という有名人の好き嫌いを投票、コメントするサイトがありますが、このサイトはその有名人が好きな人も嫌いな人も見ない方がいいでしょう。どう考えてもカーッっとなる要素が強すぎます。
あちらのサイトは優秀な誹謗中傷作成装置だと思いますし、現に書きこみを見ると、これは訴えられるのでは…?という書きこみが散見されます。ほかにカーッとなって書きこんでいる人たちがいるから麻痺していくのでしょう。
脱線から戻ります。カーッとなっているサイトに近づけば、自分も当然カーッとなりますよね。これを今風に言えばエコーチェンバー効果ですが、日本には昔から「朱に交われば赤くなる」ということわざもあります。
そもそもですが、カーッ!となって知らないの人生に肩入れしたくなるときは、本当はやらないといけないことから目をそらしたいときです。スマホを閉じて、山積みになっている自分の人生のタスクを一つでも片づけましょう。
カーっとなって拡散した人の中には、「気の毒な被害者を思って」的な言い訳があるのかもしれませんが、言い訳であり、「明らかに悪いやつを懲らしめてやって俺が私がスッキリした~い!」であったはずです。「自分の人生でやらないといけないことをするのは面倒だし、それをしたとしてもネット上で叩かれてる人を一緒になって叩くときほど気持ちよくないし」が本音でしょう。
結論:君子危うきに近寄らず
ということで結論ですが、暴行動画から情報モラル教育の講師として言えることは「君子危うきに近寄らず」です。立派な人はヤバいところとは距離を置くのです。
これは二つの意味で言っています。
君子危うきに近寄らず①やばい動画を撮りそうな人たちと、つるまない
ヤバイ動画に映らないための必勝法は「付き合う相手は選ぶ」につきます。(これを先生や保護者の方がお子さんに言うと、おそらく反発されるでしょうから情報モラル講師という関係性が薄い私が言います)
さすがに暴行動画を撮影するバイオレンスな人達はそんなにいないかもしれませんが、一方で「寿司ペロをはじめとした飲食店での迷惑行為」「バイトテロ」などですと、対象は一気に増えると思います。
寿司ペロについてはこちらで解説しています。
正直、暴行にしろバイトテロにしろ「ヤバい動画」の撮影がはじまった時点で、「俺はそのノリにはついていけないよ」とその場から立ち去るのは極めて難しいのではないでしょうか。映ってしまったらネット警察に特定されますから絶対その場にいない方がいいんですけど、子ども、若者社会は人とのつながりが人生に占める割合が大人に比べとても高いので、一度はじまったこういったノリからの離脱を許さないでしょう。逃げてほしいですが、難しいと思います。
なので、撮影が始まった時点でもう詰んでいます(逃げてほしいですけど)、撮影がはじまる場に行かない、ということに全精力を注ぎましょう。リアルで付き合う相手は選んで、うまくやってください。
「うまくやる」について元ブルーハーツ甲本ヒロト氏の名言を紹介します。
「(クラスメイトは)友達じゃないけどさ、喧嘩せず自分が降りる駅まで平和に乗ってられなきゃダメじゃない?その訓練じゃないか、学校は。友達でもない仲よしでもない好きでもない連中と喧嘩しないで平穏に暮らす練習をするのが学校じゃないか。だからいいよ、友達なんかいなくても」
特に男子ヒエラルキーだと、「悪い友達(正確には映ったら社会的な生命を失いかねないような動画に、自分を映してこようとする人は、友達でもなんでもないですが…)」が、特に思春期のころはヒエラルキー上位にいがちな傾向はあると思うので、男子はとても大変だと思います。
そら不登校も増えるわと思いますが、「うまくやる」訓練の場です。やばい場所にいかないように、うまくやる。日々レベルアップに励みましょう。正直こういう人付き合いスキルは学校の勉強よりも、ずっと一生使えるスキルだと思います。
君子危うきに近寄らず②ネットでやばい情報に近づかない
「ヤバイ動画に当事者として映ってしまう」は少数派だと思いますが、次の「ヤバイ動画を拡散して問題を起こす」というネット弁慶な人はぐっと増えそうです。先ほどの常磐道煽り運転事件でも、人違いの女性を嬉々としてSNS上で拡散し、糾弾していた人達は「普通の人達」でした。
こちらの対策ですが、すでに「カーッとなるようなネットを見に行かない」でふれたことと同じです。リアルでヤバい動画を撮りそうな人とつるんだらヤバイ動画を撮るためのカウントダウンが始まるのと同様に、ネットで可燃性の高い話題に怒っている人が集まっているようなサイトに自分から足を運んで、毎日せっせと一緒に怒っていたら、訴えられるカウントダウンが始まります。やばいことしてる人とリアルでもネットでもつるんではいけません。
「一人でいるのが寂しいあまり、よろしくない趣味の人たちとネットでもリアルでもつるむと、あなたもそうなっていくのでやめたほうがいい」が結論です。
ネットやリアルでつるんでいる人(ネットだと自分が一方的に見ているケースもありますが、それも含めて)のレベルが、自分のレベルです。ネットでどんな意見を見ているかが、自分です。
特にネットの人間関係なんてリアルの人間関係より圧倒的に選べるのですから(ネットの人間関係の利点でしょう。別に相互じゃなくて、一方的に見ているだけでもいいんですから)、あんまりネットで下世話なものばかりみないほうがいいとは思います。
かく言う私もネットの下世話系サイトが大好きなので今私の後頭部にもブーメランが刺さっていて痛いのですが、私も私なりに、12%で見る、を滅茶苦茶気を付けています。一緒に頑張りましょう。
おまけ ネットを見てカーッとなっても、それは一時の怒りです
ちなみに今2026年1月なのですが、5か月ほど前に行われた甲子園では広陵高校がいじめ被害児童の保護者がSNSで告発しそれが拡散され、甲子園に出場したもののバッシングが止まらず、途中で出場を辞退するといった件もありました。あのときもすごく炎上しましたね。
こちらもその後についてまで見ている人は少ないと思いますが、加害児童とされる児童が、SNSでいじめ被害を訴えた、被害児童の保護者を訴えています。動向分かり次第こちらも更新します。
ちなみに、誹謗中傷はその行いが事実であってもなくても、その人の社会的地位を低下させる社会通念上判断されるのであれば誹謗中傷とみなされます。
例として、「石徹白未亜は不倫を100回しているとんでもない奴だ」とSNSに書きこんだ人がいた場合、私が不倫を本当に100回していても、不倫を一回もしていなくても、それは私に対する誹謗中傷だとみなされるわけです。「不倫を100回もするなんて、なんて立派な人なんだ」とは社会通念上ならないからです。
なので、いじめが事実であっても、名指しで〇〇君はいじめた、ということをSNSで書きこんだ(もしくは、それを見て拡散した)行為は、加害児童に対する誹謗中傷とみなされる可能性はある、ということです。当然、いじめられた人もいじめた人から暴行など他の罪に抵触するようなことは受けているわけであり、これを司法がどう判断するのかはとても気になります。
ついいじめといわれると「学校はもみ消す」「警察は当てにならない」「裁判なんてお金も手間もない」→「ネットで告発だ」となってしまい、これは教育と警察と司法の敗北だとは思いますが、だからといってネットが正しい、ネットこそ秩序で正義だとは私は全く思いません。
誰も責任を取らないネットが幅を利かすようになったら、それこそ一時の感情で、正しいかどうかも分からないまま様々なものが燃やし尽くされる、中世の魔女狩りのような世界が復活です。というか、残念ですがすでに2026年の世の中は、一部はすでに中世です。
ここでちょっと脱線ですが、まさにこの魔女の中世を舞台とした大好きな漫画『チ。』からのセリフを紹介します。
「誰もが簡単に文字を使えたらゴミのような情報で溢れ返ってしまう。そんな世の中目も当てられん」
中世のころは文字を使えるのは特権階級のみ。そこからさまざまな国が近現代で公教育を勝ち取っていったわけであり、このことは近現代の素晴らしさの一つですが、一方でバテーニが予言した通り「ごみのような情報であふれかえる」はまったくもって現代の課題だと思います。
文字という素晴らしいツールを手にしたのに、やっていることは中世の魔女狩りなんですね。
ネットは未来のよりよい社会を実現するためのツールでなく、現代よりも無秩序だったころに戻るツールだったようです。もちろんネットが世の中を便利にし、よりよくした部分もたくさんありますが、この面に着目すれば、ネットは確実に世の中を悪くしたと思っています。
そして常磐道煽り運転事件で人違いされた女性、さはらえりさんは書籍も出しています。
こちらも、さはらさんがその後書籍を出していると知っている方は少ないのではないかと思います。
そんなものなんですよね。
これらのことにずっと関心を持っている人はごくごく少数。散々叩いていた人も一か月もすればスッキリ忘れてしまうのではないでしょうか。実態は娯楽として、(誤った)正義感を盾に、すかっとしたくてその時叩ける人を大勢で叩いて、スッキリしているだけだと思います。
結論。リアルでもネットでも付き合う人は選びましょう。特にネットは、リアルより俄然選べますから。
こうしたSNSの闇や、誤った正義感からくる誹謗中傷に子供たちが加害者になってしまわないような講演活動を全国の学校・PTAで講演を行っています。建前でなく、伝わる言葉、を意識しています。ぜひご検討ください。
【詳しく見る】ネット依存・情報モラル講演のご案内(2026年度予約受付中)







・見るとしても時間や回数の上限を決める、一日5分、一日一回などと決める
・この件について書きこまない、お気持ち表明しない(書きこむと絶対見たくなります)