若さを失う代わりに得る「図太さ」という武器 

『ザ・ノンフィクション』「母と娘の上京それから物語 ~夢のステージ ある親子の8年~」レビュー。

若者で特に強い批判意識は他人だけでなく自分にも厳しくなるので行動を起こしにくくなるという結構なデメリットがある。

そういうの気にならない人の強さってある。

生きてりゃ場数は踏めるけど、ネットは場数にカウントされにくい

ほかに原稿の本文で

「生きていれば自然と場数を踏んでいくので「経験不足で不安に駆られる」場面は減っていく。」

って書いたけどここで思ったのが引きこもりの人。

過去に別のザ・ノンフィクションの回『整形シンデレラ』レビューではこう書いた。

「 発達障害を抱えるりおは、中学生から不登校になり通信制の高校を中退、現在はニートで、コスプレの趣味以外ではパソコンの前に座る生活を送っている。今は家から一歩も外に出なくても、ネットを通じ最新の情報を入手できるし、人と交流することだってできる。

 できるのだが一方で、実際に生の人に会って話したりコミュニケーションを取る機会がないと、人はなかなか成長しづらいというのはよくわかる。私自身、ネットという居場所にホッとしている一人として、リアルがよくてネットがダメという気はないし、精神的にギリギリの状況にある人にとって、ネットがセーフティーネットになっている事実もわかる。しかしネットにはリアルに比べ、何かの場数が踏めず、それが「幼さ」とつながっているということもわかるのだ。」

ネットの経験ってどうも実体験の経験に比べカウント感が弱い。

安心感に満ちた引きこもりの人もいるのかもしれないけど、どうも引きこもりの人は不安が強い人が、特に年齢を重ねた人ほど多いように見えるのは、このリアルの場数の踏めなさがあるのでは。

年をとっても図太くなれず、感受性がまったく若者のままでいるのは生きにくそう。

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