女子が電車の中で会話をしていました。

女子A:映画一人で見に行ったことある?
女子B:ない~(え///、そんなぁ、一人じゃ見に行けないよぉ///、調で)
女子A:私、でもこの間一人で見に行っちゃった、ビリギャル!
女子B:ビリギャル私も見てみたい!
女子A:超面白かったよ~!泣いた~!

君たち可愛いな~と、後ろでメロメロしていました。
若い女子が愛らしい会話をしているだけで周囲を幸せな気持ちにさせているというのは
若くなくなってようやくわかってきました。

このかわいこちゃんたちはこれからまた映画を見に行くようでした。
えっ、今日月曜だよ?(たいていレディースデーって水曜ですよね?)
1500円もすんのに?(大学生料金)、
1500円あればゲオで旧作レンタル15本できるし、
飲み物つきのランチセットを頼んでもお釣りが来るぞ、
セレブだなお前らと一気に真顔です。可愛い子猫ちゃんかと思ったら虎だった。

私はもともと映画館に行く、という文化のない家庭で育ったので
高校で同級生が「スクリーン」を買っていて、ページをぺらぺらめくりながら
どの映画を見に行こうか選んでいるのを見たとき
「すげえ、仙台の子ってとんでもねえセレブだ……!」と
殴られたような衝撃を受けたのは今も忘れません。

映画館にいく、という文化があることがそうではない人に衝撃を与える。
あれが私の文化大革命でした。
毛沢東はたぶんマインドが田舎もので、
映画館にいくような生活を普通に送る都会のインテリが恐ろしかったのでしょう。
毛沢東が文革でやったことは戦後史・権力者がやったひどいことランキングの
トップ10には確実に食い込める暴走ですが
あんたが何にびびってたかはよくわかるよ毛さん。

そして私が感じた「仙台の子(特に青葉区出身の子と、一部泉区出身の子)ってすげえ」
という羨望と劣等感が入り混じった複雑な感覚って(毛的感覚とでも名づけましょうか)
札幌、東京23区、名古屋、大阪、広島、福岡の、府県庁所在地の
横にある郊外出身で、府県庁所在地の学校に進学した子は
多かれ少なかれ感じる気持ちなんじゃないかと思います。