成功した飲み会とは自分があまりしゃべらずに済んだ飲み会のことだ

  • 日記
  • 飲み会の次の日の後悔は「飲みすぎた」か「しゃべりすぎた」の二つだって気づいた。
    過去の「清々しく終われた飲み会」を思うと、たいてい、自分があまりしゃべっていないんですよ。
    これは「つまんねーなー、どっかに早送りボタンねーかなー」と思いつつ人の話を仕方なく聞いている状態とはまったく違います。
    「楽しく飲めつつも、自分ばかりべらべら喋っていない状態」。
    これが飲み会における理想のすがただ。

    それなりに楽しく酔いつつも自分があまりしゃべらず人の話をニコニコと聞けている状態は
    「一線は越えず、いい感じに酔っぱらえている」シグナル。
    こういうときは結構飲んでもほぼ二日酔いにならない。貞淑なレディでいられた自分への神からの祝福なのでしょう。
    おしゃべりな方ですが、自分ばっかり喋っている状態に気づき死にたくなるくらいなら黙ってた方がマシです。

    自分より泥酔している人のいる飲み会は酔わない、と同じで
    自分よりかなりべらべら喋ってる人のいる飲み会では余計なこと喋らないで済みます。
    冷静になれるんですね。
    だから宴席に一人は欲しいおしゃべりクソ野郎。あなたを二日酔いから守ってくれます。

    下戸なのに飲み会に来る人と一緒に飲んでると気を使って酔えないか、悪酔いするのはこれの逆版です。
    下戸は割り勘で高い金額払わされて酔っ払いのおしゃべりくそトークにつきあわされるのほんとかわいそうですが、下戸の多い飲み会だと、飲む自分が「おしゃクソ」ジョーカーを引くわけですから、ジョーカーを引く方だってつらいんだぜ?というのは伝えたい。
    下戸の人は下戸同士ファミレスのドリンクバーに行けばいいのではないか。

    しみじみ酒って難しいよね。
    今年は酒で吐かない、を目標に、今のとこなんとかノーゲロ更新中です。
    あと340日くらい。がんばりたい。